最初の説明


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2020年8月26日

EF62 52~54 ランボードの秘密と謎の装置!?のこと(その4)

 しかし爪のような突起物だけではよくわかりません。
やはりこれを紐解くには新製時の画像を探さなければなりません。
ところがこの3両の新製時の画像って意外になかったりします。
あっちこっち探してみて、やっと今は無き汽車製造株式会社の社内報であるKSK技報(1968-1)にそれを発見!?しました。

それでは52号の新製時画像です。

EF62 52
今、明かされる52号誕生時の秘密!?
いろいろと興味深いことが分かりますね
画像出典:KSK技報(1968-1)汽車製造株式会社


EF62 52
おや?
おおおっ!
排風器の肩の部分に何かあります!
画像出典:KSK技報(1968-1)汽車製造株式会社

EF62 52
拡大してみました
こっ、これは…
画像出典:KSK技報(1968-1)汽車製造株式会社

モノクロ&冊子印刷のため不鮮明ですが、排風口の前の肩の部分に何か装置らしきものが搭載されています。
どうやらこれが主抵抗器環風装置のようです。
とても立派な装置に見えます。記事によると機械室内から案内羽根を操作することで、夏は全て車外に排出、冬の降雪時は一部を環風させる構造になっているとのことです。
また、この装置を搭載するために52号は山側のランボードをパンタ周り以外廃止したとありました。山側に付けた理由は、海側はパンタからの母線が通っているからとのことです。
なるほど、そういう訳だったのですね。
ランボードについては、54号は排風口の前を除いて復活しています。これは現場からパンタのところだけでは使い勝手が悪いと要望があったのかもしれません。
この装置が活躍している画像を見てみたいところですが、まず見つからなそう。。
どなたかお持ちの方はいらっしゃいませんか?

ところでこの立派な装置、末期の3両には見当たりません。
いったいどうなってしまったのでしょう??


【出典・参考文献】
 「KSK技報(1968-1)」汽車製造株式会社

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