最初の説明


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このブログでは、国鉄直流電気機関車EF62を中心に、画像、車歴、機器構成、運用、業務資料、鉄道模型などを、個人で収集・調査した資料をもとに記録しています。あわせて1980年代の長野地区の鉄道や鉄道模型についても掲載しています。
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2018年9月14日

EF62 下関へ転属 その経緯について

昭和59年2月のダイヤ改正では、EF62が東海道、山陽筋の荷物列車の牽引にあたるため、高崎第二機関区の26両が下関へ転属するという、思いもよらぬ動きがありました。EF58が置き換えられた理由と、後釜にEF62が選定された経緯について改めて調べてみました。

当時、一般的に言われていたのは、
(1)EF58は老朽化しており取替えが必要
(2)電気暖房にすることでSG要員を廃止する
(3)信越線貨物の廃止で電暖付のEF62に余剰が生じるので転用
主な理由はこんなところだったと思います。

この経緯について、交友社発行の電気機関車1984年6月号に「EF62 東海道・山陽へ -決定までの事情-」のタイトルで運転局車務課の方が書かれた記事がありましたので要約してみました。
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(※原文ではありません)

1、置換えの背景について
   現在の牽引機EF58,EF61は非自動SG付のため、2人乗務となっているが、
   近代化推進委員会において昭和60年初までに電暖化し、SG要員の合理化を
   実施することが方向付けられていた。置換えの代替機は新製で考えていたが、
   57.11の輸送改善で余剰となるELを改造することで投資の抑制に努めることとした。

2、改造車種の選定
   選定の条件
   (1)東海道・山陽の荷物列車牽引機として、40両程度必要なため同形式で
      40両の捻出が可能なこと
   (2)電暖装置の搭載が可能なこと
   (3)部品の有効活用ができ、改造費が低廉であること
   (4)将来、EF65との混運用を予想し同程度の性能を有するもの

3、選定の結果
   EF60とEF70が候補としてあげられたが、電暖装置搭載のスペース関係から
   日本海縦貫線及び鹿児島本線で捻出されるEF70が最適とされた。
   種車については残存寿命、車体や台車の老朽化度合いを考慮してEF7029号以降、
   EF701001号以降とすることになった。

4、改造工事にあたっての基本的な考え方
   (1)改造費を極力抑えるために、車体、台車、主電動機など再生可能な部品
      技術的な判定を加えた上で再用していく。
   (2)電暖電源はEF58の廃車で発生するSC7形電暖用インバータを転用する
   (3)改造工事は定期検査併施で行う
   (4)機関車の制御方式としては改造費、車体ぎ装スペースの関係から
      チョッパ制御を採用し、主電動機の接続は1S3P2GとしてEF65と
      同等の性能を確保する
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この記事を見ますと、置換えはEF58等の老朽化というよりは要員の合理化が主だった目的のように感じますが、同じ時期に発行された 車両電気協会編「車両と電気35(6)(410)」1984-06には「EF62形式投入に関してのはなし」として下関運転所の方の記事が掲載されています。
理由はEF58の検査周期と老朽化の問題、及び電気暖房化(取扱いの容易、重量軽減、保守の簡易化、暖房の均一性)のためとありました。また、イカロス出版「電気機関車EX」2018-Vol.07号でも置き換えを目前にしたEF58が次々と故障を起こしてリタイヤする様子が記載されています。やはりEF58老朽化と電気暖房化が目的なのは定説通りのようです。

EF70の改造転用につきましては、種車まで決まっていたうえ、交友社発行 電気機関車1982年6月号の「昭和57年度電気機関車改造工事及び本社計画特別修繕工事について」の記事に新規工事として「EF70形式を直流電気機関車に改造」と掲載されています。当初はEF70を改造転用することでほぼ決定していたようです。
また、選定の条件(4)にあるように置換えは一時的なものでなく、ある程度長く使うことも視野に入れていたことが伺えます。この時期はまだ今後も機関車の需要があるとみなされていたのでしょうか?

 さて、EF70の改造転用でほぼ固まっていた計画に、EF62転用の話が浮上してきたのは、タイミング良く別の部署から上がった信越線貨物の廃止案だったようです。

引き続き交友社発行の電気機関車1984年6月号の記事を見てみましょう。
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(※原文ママ)

EF62形式・電気暖房付きの浮上

59,2下下案会議時、貨物局から信越線の貨物列車を撤退し、中央東線う回としたいとの案が出された。

しかし、この案の問題点として
1、EF62・63形式は減となるが、EF64形式は増となる
2、上越線はダイヤ構成が密集化し、EF64形式のねん出は見込まれない
3、中央東・中央西線の運用を精査し、EF64形式が増となれば、信越線に貨物存続は止むを得ず、EF62形式のねん出も不可能である
等があり、更に車両運用会議で検討された。
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ここで言う信越線とはヨコカルのことです。この記事からはヨコカル貨物を廃止して中央東線・篠ノ井線経由とした場合、EF64に余裕が無いことが伺えます。また新製増備は論外のようで、2の上越線のEF64-1000番代を持ってこれないかも検討されたようです。たまたまこの時期に篠ノ井機関区を見学した折、案内してくださった職員の方が「もしかすると篠ノ井にもEF64の1000番代が入ってくるようになるかもしれないよ」と話してくださったのは、このような背景があったからだったのですね。当時はそうなんですかくらいにしか思っていませんでした。

ヨコカル貨物を廃止したいのは周知のとおりで、この区間の牽引トン数が500t、運転速度は25km/hと大きな制限を受けていたためであり、1本の貨物列車を分割して運転したり、機関車数、人手等でネックとなっていたためです。もしヨコカル貨物が廃止出来れば、これで余剰になるEF62は電気暖房を持っておりEF58の置き換えの候補になりますが、篠ノ井~直江津間はまだまだ貨物が残りますし、わずかながら客車列車もあるので全数が余剰になるわけではありません。

最初の計画では置き換えには40両程度必要ともなってました。
簡単には行かなそうなEF62の捻出と東海道への転用ですが、どのように乗り切ったのでしょうか?

引き続き交友社発行の電気機関車1984年6月号の記事を見てみましょう。
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(※原文ママ)

EF62形式で可能となる

車両運用会議で検討された結果
1、中央東・中央西線は、種々の施策(補機の一部廃止、ダイヤ改正、塩尻口機関車の
  スルー化)を講じれば、現有両数で可能となった
2、信越線は26両程度の所要両数で運用可能となる。したがって23両のEF62形式が
  ねん出され、保留車3両を復活させれば可能となった
3、東海道・山陽線の荷物列車の運用精査、下下案会議時では28両程度の使用が
  見込まれていたが
 〇北陸経由列車のEF81形式東海道乗り入れ検討
 〇折り返し駅での機関車スルー化検討
 〇名古屋地区小運転のDL化検討
等の施策検討により使用両数が19両程度まで縮減できる見込みがついた
等の理由で荷物列車の電暖化はEF62形式の転用で実施することとなった
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3、の保留車3両の内訳は後の文中に高二2両、篠ノ井1両とありました。篠ノ井は7号のことだと思いますが、高二は何号だったのでしょうか?また必要両数について、その1の段階では40両程度必要とされていたものが、種々の施策で半分の19両にまで圧縮されています。
これにてEF62での置き換え計画が本格的に動き出すのでした。

昭和59年(1984年)2月1日のダイヤ改正で信越線での運用を終えた高崎のEF62は、早いものは翌2日から順に古巣の高崎第二機関区を後にし、東海道、山陽線沿いの各地に送られたのでした。通常、この手の回送は貨物列車に併結して行われるのが一般的でしたが、急を要するため盛りスジで送られました。何両かのEF62がヨに挟まれ移送される様子は鉄道雑誌などで見ることが出来ます。
行先別(訓練先)にまとめるとこんな感じです。

【行先】  【車番】
下関          4 13 21 26 30
下関/徳山   15
広島          14 24 28
糸崎          36
岡山          37 38
姫路    20 32
宮原          29 34
梅小路       16 25
米原          22
稲沢          33
名古屋       31
浜松          19 23
静岡          17
沼津          18
東京          27

当初は昭和58年7月頃から保留車(高二2両、篠ノ井1両)を用いて各地を巡回させ、半年かけて養成を行う予定だったようですが、59.2で26両全数のEF62が使えることになったため、一気に養成をするようにしたようです。

下関へ転出後の改造など

EF62は勾配線区用であるため、東海道、山陽本線で運用する場合、不要な機器や機能を使わないように簡単な改造や取り外しが行われました。

以下は交友社発行の電気機関車1984年6月号の記事の要約です。
(1)発電ブレーキの不使用
  東海道、山陽本線では発電ブレーキを使用している車両がないうえ、養成期間も短く
  ハンドル訓練も出来ないことから当面の間使用しないこととした。このため
  逆転ハンドルが発電ブレーキ位置に入らないようストッパーを設けた。
(2)2エンド側手ブレーキハンドルの撤去
  EF62は両エンドに手ブレーキが設けられているが、他車種と統一するため、
  2エンド側の手ブレーキハンドルを取り外した。
(3)重連総括機器の撤去
  重連総括運転は行わないため、スカート部のつりあい管ホース、元だめ管ホース等を
  撤去した。

この他、汽笛カバーが取り外されたり、後に電暖ジャンパー栓位置が大きく変更されたりしましたが、これについては別稿にしたいと思います。

おわり




【参考文献】
●「電気機関車1984年6月号」交友社
● 車両電気協会編「車両と電気35(6)(410)」1984-06 車両電気協会
●「電気機関車EX 2018-vol07」イカロス出版
●「鉄道ファン 1984年7月号」交友社

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