最初の説明


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2023年8月22日

EF62 台車と台検の謎!?(終)

 今回1号と54号の台車をぐるぐる回って調べていたところ、こんな銘板を見つけました。1号の台車枠にあった「台車管理番号票」で「OM121024」と書いてあります。
台車管理番号票

同じく54号にも台車管理番号票らしき物がありました。こちらは「NN100175」と書いてあります。
台車管理番号票

OMはたぶん大宮工場を、NNは長野工場を表していると思われます。1号にOM票が、54号にNN票が付いていたのが偶然でないとすると、新たな疑問が湧いてきます。
最初、振替式だったと聞いて高二車、篠ノ井車関係なく入場したきた順にどんどん振り替えていく、全車シャッフルみたいなものかと思ったのですが、高二車は高二車同士で、篠ノ井車は篠ノ井車同士で振り替えていたのではという疑問です。
1号はもともと高二車でしたし、54号は篠ノ井車でした。それぞれ全検は1号が大宮、54号が長野です。何か責任区分などの都合があって、所属区内での振替だったのか?しかし、これだと高二用、篠ノ井用それぞれに予備の台車が必要になります。場所も取るし、経済的にもあまり効率的ではなさそうですが…。

数々の謎!?に包まれたEF62の台車と台検についてですが、先日、高崎第二で検修をされていたというOBの方とお話しする機会に恵まれて、一部謎が解けました。
まず、EF62の台検は振替式だったことは間違いないそうです。やはり工期を短くするためだそうです。振替の範囲ですが、推測どおり高二と篠ノ井で分けていたそうで、それぞれに予備台車があったそうです。
お話によるとこの振替式ですが、実際にやってみるとメーカーや製造年による差異があって想定していたようにボルトオンでは作業が進まず、手直ししたり、改修したり結局時間がかかるということで、途中でやめてしまったとのことでした。
今回、52~54号は除外されていたのではということは聞けませんでしたが、また機会を見つけて調べていきたいと思います。


おわり


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